2023.09.8
古代
コイン解説&写真
世界最古のリディア王国の話〜その頃日本は弥生時代〜
みなさんごきげんよう、アンティークコイン投資家の葉山満です。
本日は少し歴史についてお話していきたいと思います。
世界で初めてコインを作ったのが、リディア王国であるとされています。
リディア王国とは、紀元前7世紀~紀元前6世紀ごろまで現在のトルコ西部にあった国です。
世界で初めて金属でできた貨幣を導入した国のため、アンティークコインのコレクターたちの間ではよく知られています。この記事ではリディア王国の歴史や興味深いエピソードを紹介していくので、古代の歴史のロマンを少しでも感じていたたければと思います。
リディア王国の歴史
リュディア王国とも表記されるリディア王国は、前612年にアッシリア帝国が滅亡した後の4国分立時代の国の一つです。リディア王国の歴史は分からないことも多いのですが、イオニア地方にも隣接しており、古代ギリシャの文化にも影響を及ぼしたとされています。
実際に出土品や伝説によれば、建築や美術、音楽などでギリシャ文明より先んじたところがあり、影響を与えたことが分かっています。教科書ではヨーロッパの文明の起源といえば四大文明の1つである古代ギリシャ文明だと説明されていますが、元を辿ればリディア王国も文明に貢献しているのです。
建国の起源はリディア人のギュゲス(在位期間:前685~657年)が遊牧民族キンメリア人を撃退したことに始まります。アッシリアの援助を受けて撃退したギュゲスにより、サルディスを首都とするリディア王国が建国されました。
再びキンメリア人の侵略に遭い、リディア王国は敗北しますが、4代目の王であるアリュアッテス(在位期間:前610~560年)がキンメリア人をリディア王国から追い払います。また、アナトリア半島(現在のトルコ)における戦いで、5代目の王であるクロイソス(在位期間:前560~546年)の頃にはアナトリア西岸にあったすべてのギリシア都市を征服しました。
その後、アナトリア東部でペルシア王キュロスと戦ったのですが、サルディスが陥落されてしまいます。クロイソスが捕虜となってリディア王国は滅亡に至りました。以降、リディアはペルシア帝国の一つの州となります。
リディア王国に関するエピソード
世界で最初の金貨ができたのは、最後の王クロイソスが在位していた時代のことです。それだけでなく、リディア王国の最後の王となったクロイソスには、さまざまな興味深いエピソードがあります。クロイソスやリディア王国についてのエピソードを、いくつか紹介していきましょう。
リディア王国の予言された滅亡
リディア王国1代目の王であるギュゲスの在任中に、クロイソスの時代に王国が滅亡することは予言されていた、とヘロドトスが『歴史』に書き残しています。建国から滅亡までの不思議なエピソードを紹介していきます。
リディア王国の建国の前にその地を統一していたカンダウレス王は、自分の妻の美しさを部下のギュゲスに自慢していました。彼女の美しさを信じさせるために寝室に忍び込んで裸体を見るよう強要したのですが、それがカンダウレスの妻にバレてしまいます。
妻は覗きが夫の差し金であることを理解し、夫への復讐のため、ギュゲスにカンダウレス王を殺して自分とともにリディアを支配することを持ちかけました。覗きをしてしまった手前、引くに引けなくなったギュゲスは本当にカンダウレス王を殺害してしまいます。
こうして王権を得たのは良いのですが、飢饉や災害などが起こったため、デルフォイの神託によって神の指示を仰ぐことになりました。神はギュゲスの王権を認めたものの、5代目の王に報復が下る、と告げたそうです。
予言どおり、5代目の王であるクロイソスの時代にリディアは戦に負け、滅亡することとなりました。後付けなのか偶然なのか、はたまた不思議な力が働いたのか、興味深いエピソードですよね。
処刑を免れたクロイソス
キュロス王と戦って敗れたクロイソスは捕らえられ、火炙りの刑に処せられることになりました。
ギリシャの歴史家ヘロドトスが書いた『歴史』によると、クロイソスが燃え盛る薪の上でアポロンの神に祈ると、雲が集まって大雨になり、火が消えてしまったそうです。キュロス王はクロイソスが神に愛されていることを知り、薪の上から下ろしてあげました。
その後はご意見番として重用するなど、以前の敵とは思えない対応になったそうです。
・クロイソス=大金持ちのシンボル?
クロイソスは莫大な富を持っていたことが知られており、当時の記録にも残っています。ギリシャ語とペルシア語では、「裕福な人」を表すときに「クロイソス」と表現することがあったほどです。
現代のヨーロッパの言語でも、「クロイソス」という言葉を大金持ちの象徴として使うことかあります。英語には「rich as Croesus(クロイソスのようにお金持ち)」や「richer than Croesus(クロイソスよりもお金持ち)」という慣用句があるほどです。
世界最初の金貨
リディア王国で使われていた世界で最初のコインは、スターテル金貨と呼ばれています。スターテルは当時の通貨の単位です。紀元前561〜紀元前546年まで発行されていました。
スターテル金貨は「エレクトラム貨」と呼ばれることもあります。エレクトラムとは金と銀の合金で、実はスターテル金貨は純粋な金貨とは異なります。
表面にはライオンと牛が戦っているデザインが刻まれています。どうしてライオンと牛なのかは、以下のように諸説あります。(ライオンのみのデザインだった時代もあります)
・ライオンは力を、牛は肥沃を表している
・太陽と月を象徴している
・ライオンは4代目の王アリュアッテスを、牛は5代目の王クロイソスとその子供を表している
スターテル金貨は重さの違いで2種類あり、約10グラムのベビーシリーズと約8グラムのライトシリーズがあります。スターテル金貨と言うと、ライトシリーズのことを指すことが多いです。貨幣のサイズを概ね統一したのも、リディア王国が初めてだとされています。
上述したように、リディア王国は興味深いエピソードが残る実在の王国です。スターテル金貨を手に入れれば、リディア王国を身近に感じられるので、歴史のロマンに触れてコインを保有する喜びも味わえることでしょう。
日本は弥生時代だった
リディア王国が栄えた紀元前7世紀から6世紀は、日本の時代区分で言うと弥生時代に当たります。弥生時代は紀元前10世紀頃〜紀元後3世紀中頃の時代のことです。
当時の日本人は稲作を行って生活していました。仏教の伝来が飛鳥時代なので、まだ仏教も伝わっていない頃のことです。それどころか、古墳もまだ作られていない時代です。(時代の時系列は弥生→古墳→飛鳥)
弥生時代の日本にはまだ金属でできたコインが無かったので、物々交換や物品交換が主流でした。物々交換は物を交換するとことです。物品交換は米や布、塩などを貨幣として、物を交換することです。
日本のコインの歴史
日本における初めての金属貨幣が、683年頃に作られたとされる「富本銭(ふほんせん)」です。リディア王国でスターテル金貨が作られたのが紀元前561年頃なので、1000年以上の時が経っています。
富本銭は、中国の「開元通宝」をモデルに作られました。富本銭の「富本」には、国を富ませ、民を富ませるといった意味が込められているそうです。
ちなみに、富本銭は実際に貨幣として流通したのか、まじないなど儀式で使われるものだったのかは、学説が分かれています。
金属貨幣の導入の早さで文明に優劣がつくわけではありませんが、弥生時代の日本と比べるとリディア王国の先進性が分かります。
古代コインはこれまではあまり注目されていなかったのですが、最近は海外で価格が上がってきています。今までは状態の良いコインが少ないことや何枚発行されているか分かりにくいことなどから、集めやすいイギリスのコインに人気が集中していました。しかし、イギリスのコインが高騰しすぎていることなどから他のコインも目を向けられるようになり、歴史のロマンが詰まった古代コインも価格が上がり始めています。
まとめ
世界で初めての金属貨幣を作ったとされるリディア王国についてエピソードをまとめてきました。その頃の日本は弥生時代でまだコインは導入されておらず、リディア王国が先進的だったことがご理解いただけると思います。
本文中でも触れましたが、リディア王国は興味深いエピソードが多数残っている実在の王国です。スターテル金貨を手に入れるということは、投資ができるメリットに加え、壮大な歴史のロマンに触れることでもあります。ぜひ一生に一度は見ておきたいアンティークコインです。
みなさんにアンティークコインで幸あれ!