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2023.10.30

コイン解説&写真

スペイン

成功するアンティークコイン投資・国の知識を深めよう!「スペイン編②」

みなさんごきげんよう、アンティークコイン投資家の葉山満です。

前回に引き続きスペインの歴史とコインをお伝えします!

三十年戦争とスペイン継承戦争

豪華な宮殿を建設したり芸術文化が花開いたりしたスペインですが、国内の産業に力を入れず植民地からの搾取を続けていたため、オランダが独立すると一気に衰退していきました。戦争の費用もかさみ、1557年にフェリペ2世は破産宣告を行います。

衰退の大きな原因となったのが、三十年戦争への介入です。もともとはドイツでの宗教戦争でしたが、スペイン=オーストリアのハプスブルク家とフランスのブルボン家の対立に発展し、財政を圧迫しました。

膨らむ戦費をカスティリャだけでなく他のスペインの地域にも課そうとしたところ、カタルーニャが反発し、さらにポルトガルもスペインからの分離運動が起こって独立を果たしました。オランダも独立して、スペインの衰退は決定的なものとなります。

その後、スペイン=ハプスブルク家が断絶したことにより、1701年からスペイン継承戦争が勃発しました。フランスのブルボン王朝のルイ14世が孫のフェリペ4世にスペイン王を継承させようとし、周辺諸国が反発して起きた戦争です。フランス・スペイン軍とイギリス・オランダ・オーストリアなどの連合軍との戦争で、結果的にはフェリペ4世の王位継承は認められたものの、実質的にはイギリスが利益を享受する形となりました。

こうしてブルボン王朝によるスペイン支配が始まります。

ナポレオンの支配と独立戦争

19世紀は、ナポレオンがヨーロッパに広く支配を拡大した時代でした。ナポレオンは産業革命を成功させて発展するイギリスが気にくわなかったようで、「大陸封鎖令」を出してヨーロッパの征服地にイギリスとの貿易を禁じました。(画像:ナポレオン1世)

さらに、イギリスの同盟国であったポルトガルを制圧するために、スペインの陸路を押さえる必要がありました。そこでフランス軍の通過を認めさせたのですが、ナポレオンはポルトガルのみならずスペインも併合するために軍隊を派遣します。このような背景があってナポレオンはスペインの王に退位を迫り、自分の兄であるジョゼフ・ボナパルト(スペイン名はホセ1世)を即位させました。(画像:ジョゼフ・ボナパルト)

ジョゼフ・ボナパルトの20レアル銀貨

1810年から発行された20レアル銀貨には、ナポレオンの兄でスペイン王に即位したジョゼフ・ボナパルトの肖像が刻まれています。スペイン王でもありますが、ジュゼッペ1世としてナポリの王でもありました。

スペインでは「簒奪王」と呼ばれ、つまり王位継承者でない者が横取りしたという見方です。ですが、温厚な性格もあってナポレオンが最も信頼した血族の一人です。(画像上:ジョゼフ・ボナパルトの20レアル銀貨)

(画像下:フェリペ2世時代のレアル銀貨)
この頃のコインは、フェリペ2世の頃と違ってデザインがかなり精密です。ジョゼフ・ボナパルトの髪の毛まで綺麗に刻まれており、美術品としても鑑賞できるコインと言えるでしょう。

スペイン独立戦争

こうしてボナパルト王朝が始まったのですが、民衆は抵抗を続けました。この戦いは「スペインの反乱」または「スペイン独立戦争」と呼ばれています。ナポレオンのフランス軍はスペインに攻め込みますが、民衆のゲリラ攻撃に苦戦します。フランス軍はロシア遠征に兵力を割かれたこともあり、スペインでも劣勢となりました。1813年に国王のジョゼフが退き、フランス軍は撤退しました。(画像:ブルボン朝の紋章)

スペインではブルボン朝が復活し、絶対王政も復活しました。それに反発する自由主義陣営も多く、内戦状態が続きます。1868年には九月革命で王制が倒れ、第一共和政が樹立しました。しかしわずか1年で第一共和政は終了し、再びブルボン王朝が復活。絶対王政に戻るほどの権威は無く、立憲王政が始まります。

第一次世界大戦と共和政への移行

スペインは第一次世界大戦では中立を宣言しました。しかし、好景気によってインフレが起こり、労働者や農民の生活が困窮していきます。

労働者がストやデモを起こして政府を打倒したロシア革命に刺激を受け、スペインの労働者たちもストを行います。政府によって鎮圧されたものの、その後も労働運動が展開されて国内は混乱し、軍事的独裁政権が生まれました。

1931年の選挙の結果、都市部では共和派が勝利を収め、国王であったアルフォンソ13世は退位を表明し、フランスに亡命します。ここで第二共和政が樹立されました。(画像:アルフォンソ13世)

アルフォンソ13世の20ペセタ金貨

生まれたときには父であるアルフォンソ12世は死去していたため、アルフォンソ13世は誕生と同時にスペイン国王となった人物です。当時の20ペセタ金貨の表面にはアルフォンソ13世の肖像が刻まれており、発行された時期によって幼年期、少年期、青年期と肖像の年代も異なります。

丸みを帯びてあどけない表情の赤ちゃんのような肖像が刻まれたデザインは、他のコインではあまり見ないので珍しいです。赤ちゃんの肖像がコインに描かれているなんて、面白いですよね。生まれたときから国王という重責を背負った子の運命を、1枚のコインが象徴しているようです。

1961~62年には、1887年銘のリストライクが製造されています。リストライクとは、過去に発行されたコインと同じデザインで、後になってから再度発行されたコインのことです。

スペイン戦争とフランコ独裁体制

第二共和政が始まり共和国憲法が制定されたものの、世界恐慌による不況が続き、労働者や農民は強い政府を望むようになります。世界的にもファシズム政権が台頭しており、スペインでもファシスト政権が誕生します。これに反発した共和派など反ファシズム勢力はスペイン人民戦線を樹立します。両勢力の争いは内戦に発展し、スペイン戦争と呼ばれています。有名な画家のパブロ・ピカソが「ゲルニカ」に描いたのも、この内戦での出来事です。

結果的にはヒトラーやムッソリーニの支援を受けたファシズムのフランコが勝利し、独裁体制となります。

その後、第二次世界大戦が始まるのですが、スペインは参加しませんでした。1945年に大戦は終結し、敗戦国となったドイツやイタリアではファシズムは終焉を迎えました。ところがスペインは大戦に参加せず、敗戦もしなかったため、独裁体制は1975年まで続くことになります。

独裁体制の終結と民主化

戦後も独裁体制を継続したフランコは、国際的には孤立していましたが、国内での運動は抑え込みました。自身を終身統領として後継者にブルボン王朝のファン=カルロスを指名するなどして、王政復活運動も切り抜けます。
(画像:ファン=カルロス1世)

1975年にフランコが死去すると、アルフォンソ13世の孫であるファン=カルロス1世が国王に即位して王政を復活させました。立憲君主制の下で民主化を認め、スペインは民主化が進みます。1977年には41年ぶりの選挙が行われ、その後、新憲法も制定され、現在に至ります。

まとめ

スペインのコインと歴史について解説してきました。外部から侵略されてトップや政治体制がコロコロと変わってきた歴史のため、かなり難しい内容だったと思います。

それゆえに、1枚のコインが象徴する歴史の重みも違うように感じます。歴代の国王たちの肖像が刻まれたスペインのコインも、コレクションする価値がある逸品ではないでしょうか。

みなさんにアンティークコインで幸あれ!