COLUMN
コラム

2023.11.13

コイン解説&写真

オーストリア

成功するアンティークコイン投資・国の知識を深めよう!「オーストリア③」

みなさんごきげんよう、アンティークコイン投資家の葉山満です。

前回に続きオーストリアについてです。大国になったオーストリア、歴史上人物、コインいついてお伝えしていきます。

フランツ・ヨーゼフ1世(1830~1916年)

フランツ・ヨーゼフ1世の在位中は苦難の連続でした。1866年のドイツ統一をめぐるプロイセンとの戦い普墺戦争に敗北し、翌年にはハンガリーと融和してオーストリア=ハンガリー二重帝国として国家連合を作らざるを得なくなりました。

国内外での戦いはありましたが、フランツ・ヨーゼフ1世は国際都市に発展しつつあったウィーンの都市開発にも取り組みました。オスマン帝国の侵攻を防ぐために作られた城壁を撤去し、大きな環状道路を作ります。そのリング通りを中心に宮殿が建設され、カフェも数多く開店し、文化の中心地として花開きました。現在でも「世界で最も美しい通り」と呼ばれています。

皇后エリザベート

フランツ・ヨーゼフ1世の妻は、日本でも人気があるエリザベートです。ミュージカルでも繰り返し上演されています。

彼女はバイエルン王の孫娘で、絶世の美女として知られています。自由奔放な性格だったようでお転婆なエピソードも数多く残っていますが、その美しさで許されていたのかもしれませんね。今でも「シシィ」という愛称で親しまれ、ウィーンには彼女に関する観光名所が多数存在しています。

エリザベートは息子の自殺などにより精神不安定になってしまい、ウィーンに戻らず旅に出るようになってしまいました。スイスに滞在中、イタリアのアナーキストからヤスリで刺され、暗殺されてしまいます。このアナーキストは皇后を狙ったわけではなく、「貴族なら誰でも良かった」のだそうです。

「雲上の女神」100コロナ金貨

「雲上の女神」は1908年にのみ発行された、直径約37ミリと大きな100コロナ金貨です。フランツ・ヨーゼフ1世の皇位60周年を記念したコインなので、単年発行となっています。

発行枚数は不明ですが、オーストリアといえばこのコインと言えるほどの代表格で、プルーフだと数百万円から1000万円ほどの値段がつくことも珍しくはありません。

表面にはフランツ・ヨーゼフ1世の肖像が刻まれ、裏面には皇后エリザベートが描かれています。エリザベートはよくある横顔の肖像ではなく、雲の上から皇帝に祝福を与えています。

単年発行で希少性が高いことに加え、フランツ・ヨーゼフ1世と一族の悲劇が重なり、このコインの人気が高まっているのでしょう。ハプスブルク帝国最後の栄華を1枚に留める、歴史のロマンを映す一品です。ハプスブルク家ファンでなくても、欲しくなってしまうコインと言えるでしょう。

サルバトール・ムンディ / ウィーン都市景観 6ダカット金貨

もう一つ、オーストリアといえばこれ、というコインがあります。それが、表面にサルバトール・ムンディの肖像が、裏面にウィーンの都市景観が刻まれた6ダガット金貨です。直径約34ミリと、こちらも大きな金貨です。

1842年~1856年に発行されたコインですが、発行枚数は不明なものの数が少なく、とても希少価値が高くなっています。数百万円から1000万円ほどで取引されることが多いです。発行年によって微妙に両面のデザインが異なり、例えば、サルバトール・ムンディが左向きの肖像と右向きの肖像があるなど、違いがあります。

表面に描かれるサルバトール・ムンディは「世界の救世主」のことで、イエス・キリストのことだと思っていただければ良いでしょう。ちなみに、ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチがサルバトール・ムンディを描いた絵画が、約510億円で2017年に落札されています。落札者はアラブ首長国連邦のアブダビ文化観光局で、ルーブル・アブダビで展示されています。
(画像:レオナルド・ダビンチの油絵「サルバトール・ムンディ」)

裏面はウィーンの都市景観で、オーストリアらしいコインとなっています。塔の高さなどに若干の違いがあるのが紛らわしいので、購入の際は自分のコレクションに必要なコインであることをよく確認しましょう。

サラエボ事件と第一次世界大戦

(画像:サラエボ事件の暗殺場面)
第一次世界大戦は、フランツ・ヨーゼフ1世の甥フランツ=フェルディナントとその妻が、セルビア人の青年に殺害された「サラエボ事件」に端を発しています。オーストリア=ハンガリー政府は事件の背後にセルビア政府がいると断定し、1914年に宣戦布告を行いました。同盟国であるドイツもセルビアに対して宣戦布告し、イギリス、フランス、ロシアはセルビア側についたため、ヨーロッパが第一次世界大戦に突入しました。

戦時中の1916年にはフランツ・ヨーゼフ1世が亡くなり、オーストリアとドイツも劣勢となります。さらにアメリカもイギリスやフランスなど通称国側として参加したため、1918年にはオーストリア軍の敗北は決定的となりました。

その後、オーストリア=ハンガリー帝国は解体となり、ハンガリーやチェコが独立したため、領土を縮小して「オーストリア共和国」としてスタートすることになりました。

ナチス=ドイツへの併合と第二次世界大戦

(画像:ヒトラーをウイーンで迎える群衆)
1933年に隣国のドイツでナチスが政権を獲得すると、ドイツはオーストリアの併合を狙って共和国政府への批判を強めました。1938年にはオーストリア政府がヒトラーの脅迫に屈して、ドイツに併合されることになります。

ドイツと同様、軍事が優先されてオーストリアの国民の生活は圧迫され、ユダヤ人も大勢逮捕されて強制収容所に送られました。連合国軍からの攻撃を受け、オペラ座などの歴史的な建築物も多くが破壊されました。

永世中立国としてのスタート

1945年に第二次世界大戦が終戦した後、オーストリアは独立を宣言するものの、イギリス、フランス、アメリカ、ソ連の分割統治下に置かれました。1955年に締結されたオーストリア国家条約によって独立を回復し、永世中立国となることを宣言しました。

オーストリアは、1956年のハンガリーの蜂起、1968年のプラハの春で、多くの難民を受け入れています。現在は平和を掲げる中立国として生まれ変わっています。

まとめ

オーストリアのコインと歴史について解説してきました。ターレル銀貨など大きな重厚感のあるコインが多いので、神聖ローマ帝国のコインを中心にコレクションを形成している人もいます。

しかしハプスブルク家の栄華だけでなく、戦争で疲弊した歴史があるのも重要だと思います。現在のウィーンの美しい景観や華やかな音楽文化の背景にある歴史を知ることで、よりコイン1枚の重みが増すのではないでしょうか。

みなさんにアンティークコインで幸あれ!