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2023.11.17

コイン解説&写真

チェコスロバキア

成功するアンティークコイン投資・国の知識を深めよう!「チェコスロバキア編①」

みなさんごきげんよう、アンティークコイン投資家の葉山満です。

本日はチェコスロバキアのコインと歴史をお伝えします。

現在はチェコとスロバキアに分離していますが、1918年~1992年までは両国は「チェコスロバキア共和国」という一つの国でした。分離したのは比較的最近なので、「チェコスロバキア」の方が馴染みがある方も多いでしょう。いつの間にか分離していた、と驚いた経験がある方も多いのではないでしょうか?(画像:チェコスロバキア国旗)

これから、チェコスロバキアの歴史と有名なコインについて解説していきます。イギリスやフランス、ドイツなどと違い、学校の世界史ではほとんど目立たない存在ですが、強国に支配され続けたという意味で、決して無視してはいけない歴史を持っています。優れたアンティークコインもあるので、歴史とともに見ていきましょう。

ハプスブルク家による支配とオーストリア=ハンガリー二重帝国

チェコとスロバキアはもともと別の国でした。西スラブ系のチェック人は10世紀頃にボヘミア王国を建国し、独立国として神聖ローマ皇帝からも王位を認められていました。一方のスロバキアには同じ西スラブ系のスロバキア人が住んでいましたが、ハンガリーによる支配を受けていました。もともと西スラブ系で同一民族でしたが、住む地域の違いからチェコとスロバキアに分かれていたのですね。

ボヘミアとハンガリーはポーランドのヤゲウォ朝の国王を迎えることになりますが、1526年にオスマン帝国との戦いで王のラヨシュ2世が戦死します。王妃がハプスブルク家のマリアだったため、ボヘミアとハンガリーの王はその兄であるハプスブルク家のフェルディナント1世が継承しました。この継承により、両国はハプスブルク家の支配下に入り、オーストリア帝国の一部となりました。

フランス革命がヨーロッパ各地に波及すると、チェック人やスロバキア人による独立を求める声も強まっていきました。ナポレオン失脚後のヨーロッパを再び絶対王政に戻そうとしたウィーン体制が1848年に倒されたことで、諸民族のナショナリズムが高まります。

オーストリア帝国は、チェック人やスロバキア人などを始めとする多数の民族で構成される多民族国家でした。1848年3月13日に民衆が蜂起して三月革命を起こすと、その運動はまたたくまに波及して、抑圧されてきた民族のナショナリズムが高まり次々に蜂起しました。ベーメン民族運動(ベーメンはボヘミアのこと)、ハンガリー民族運動などが起こり、これらを総称して「諸民族の春」と呼ばれています。(画像:諸民族の春)

これらの動きはオーストリア軍やロシア軍によって弾圧されてしまいましたが、その後の民族の独立や民主主義の成立に大きく寄与する出来事です。

また、1866年にオーストリアが普墺戦争に敗れると、ハンガリーの形式的な独立を認めました。これによって「オーストリア=ハンガリー二重帝国」が誕生しています。依然としてチェコとスロバキアはオーストリアの支配下にある状態ですが、ハンガリーは形式的にでも独立していることはキーポイントです。(画像:スロバキアの国旗と首都ブラチスラバ)

スロバキアはハンガリーに支配されており、ハンガリーごとオーストリアの支配に組み込まれていた、という関係を把握しておきましょう。スロバキアは1918年まで「北ハンガリー」とも呼ばれていました。

第一次世界大戦とチェコスロバキア共和国の誕生

1914年、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻がセルビア人の青年に暗殺されるという「サラエボ事件」が起こり、これがきっかけとなって第一次世界大戦に突入していきました。同じ頃、スラブ民族の独立運動も高まっており、チェコではプラハ大学の哲学教授マサリクが指導者として活動します。マサリクはパリに亡命し、チェコ国民会議を組織して共和国樹立を目指します。

1918年にオーストリアが敗北すると、チェコ国民会議は連合国によって独立を認められます。「チェコスロバキア共和国」は、1919年のサン=ジェルマン条約で国際的に独立を認められました。
(画像:サン=ジェルマン=アン=レー城)

「チェコスロバキア共和国」として合同しての独立となったのは、敗北したオーストリアから領土を取り上げる意味合いもありました。もともと同じ西スラブ系の民族なので、無理やりくっつけられたわけではなく、比較的円満な合同だったのではないでしょうか。

ところが、チェコの方が政治や経済を握っており、農業中心のスロバキアとは格差がありました。民族の出自は同じなのに、両者の間には確執が生まれていき、対立し始めます。この対抗意識につけこんだのが、ヒトラーでした。

聖ウェンセスラス ダカット金貨

第二次世界大戦前後の歴史に移る前に、チェコスロバキアのコインを紹介していきましょう。ようやく独立を果たしたので、オリジナルのコインも出回っています。

その代表の1つが、聖ウェンセスラスが表面に描かれたダカット金貨です。直径は約2センチで、裏面にはチェコスロバキアの国章である獅子の紋章が描かれています。

聖ウェンセスラスはチェコの守護聖人で、ヴァーツラフ1世のことを指しています。ヴァーツラフ1世は921年~935年まで在位したボヘミア公で、聖者として彼を称える歌や詩が残されています。

聖ウェンセスラス 10ダカット金貨

もう一つ、聖ウェンセスラスが描かれた貴重な金貨があります。10ダカット金貨は1929年~1938年、1951年に発行されましたが、発行年によって枚数が大きく異なるため、希少価値は年によって異なります。

特に、1936年発行のコインは発行枚数が633枚で、非常に少ないです。数百万円以上で取引されることも珍しくありません。

他の年の発行枚数は例えば、1929年は1564枚、1933年は1780枚発行されていますが、1934年は1298枚です。年によってかなり発行枚数が異なるので、取引価格にも差が出ています。

さらに、第二次世界大戦に巻き込まれて多くが消失してしまっています。現存する枚数はさらに少ないので、グレードにもよりますが、どの年代のものでも数百万円で取引されることは珍しくありません。

この金貨は直径約4センチと大きく、デザインも繊細であることから、コレクションとしての価値も高いです。チェコスロバキアのコインといえばこれ、という代物なので、コインのコレクターならいつかはお目にかかってみたいですよね。

次回はナチスドイツ、ヒトラーによる支配以降についてお伝えします。

みなさんにアンティークコインで幸あれ!