COLUMN
コラム

2024.03.25

コイン解説&写真

オーストリア

誰もが知っているアンティークコイン「通称『雲上の女神』エリザベート編②」

みなさんごきげんよう、アンティークコイン投資家の葉山満です。

前回に引き続きランツ・ヨーゼフ1世の即位60年を記念して発行された「100コロナ金貨」についてお伝えしていきます。

この記事では、『雲上の女神』の裏面に肖像画が描かれているフランツ・ヨーゼフ1世の妻エリザベートについて解説していきます。コインの基本情報や表面のフランツ・ヨーゼフ1世についてはこちらをご覧ください。

后妃エリザベートの人生

フランツ・ヨーゼフ1世の妻となったは良いものの、自由奔放に育ったエリザベートにとって宮殿は居心地良い場所ではなかったようです。
(画像:姑ゾフィー)

まず、ヨーゼフ1世の母ゾフィー(エリザベートにとっては姑)は、もともとエリザベートとの結婚を反対していたため、嫁姑の確執が強くなっていきました。姑には尊敬を表す敬語を使うよう注意され、手紙では思ってもいない美辞麗句を書き立てることがつらかったようです。

また、ゾフィーがエリザベートの歯並びの悪さを指摘すると、美へのこだわりが強いエリザベートは人前で大きく口を開けないようになってしまいました。扇子で口元を隠したり、口をあまり開けずモゴモゴと喋ったりしたため、彼女に話しかけた人との意思疎通がうまく行かないことも多々あったそうです。

長女が生まれてからも、エリザベートには何の相談もなく姑ゾフィーの名前を取って「ゾフィー」と名付けられるなど、嫁にとってはつらい状況が続きました。姑は自分が4人の息子を育て上げたことを盾にして、エリザベートには育児を任せられないと言って子供を取り上げてしまったことも、エリザベートを苦しめました。母であるエリザベートが子供に会えるのは、1日たったの1時間でした。(画像:姑ゾフィーとフランツ大公)

姑との確執や子供に愛情を注げない日々から、エリザベートはノイローゼ気味になってしまいます。旅に出て療養するようになり、ウィーンから離れてしまいました。

エリザベートの暗殺

1889年、スイス滞在中のエリザベートは、無政府主義者に襲われて暗殺されてしまいます。心臓をやすりで一突きにされ、60歳で生涯を終えました。

犯人は王族や貴族などの金持ちなら誰でも良かった、と言っています。エリザベートを狙った犯行ではなかったことが、事件を非常に空しいものにしています。一方で、暗殺という最後はエリザベートの悲劇性を高めることにもなったと言えるでしょう。

フランツ・ヨーゼフ1世は、エリザベートが亡くなってからも彼女のことを愛し続けました。エリザベートは自由奔放な性格から、あまり宮廷には向いていなかったかもしれませんが、皇帝の愛を確かに受けた幸せな女性だったとも言えるのではないでしょうか。

フランツ・ヨーゼフ1世のエリザベートへの愛情を象徴しているのが、『雲上の女神』のコインだと言えます。上述したように、コインの表面と裏面とで二人の愛の物語が紡がれるデザインになっています。『雲上の女神』は、歴史のロマンを象徴する名コインと言えるでしょう。

まとめ

フランツ・ヨーゼフ1世の皇帝即位60年を記念した金貨『雲上の女神』と、后妃エリザベートについて解説してきました。

エリザベートは悲劇の最後を遂げた絶世の美女として、非常に人気がある歴史上の人物です。彼女と夫の関係を表す『雲上の女神』もまた名品中の名品なので、機会があればぜひお手元でご覧ください。

みなさんにアンティークコインで幸あれ!