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2024.03.29

コイン解説&写真

ハンガリー

愛妻家として知られ、人気ある歴史上の人物のコイン!「ハンガリー フランツ=ヨーゼフ1世戴冠40周年記念 100コロナ金貨②」

みなさんごきげんよう、アンティークコイン投資家の葉山満です。

前回に引き続きフランツ=ヨーゼフ1世のコインの中でも人気がある「フランツ=ヨーゼフ1世戴冠40周年記念 100コロナ金貨」、このコインが鋳造され、流通した背景についてお伝えします。コインの基本情報はこちらからご覧ください。

オーストリアとハンガリーの関係

フランツ=ヨーゼフ1世といえば、ハプスブルク家最後の皇帝と呼ばれています(正確には最後から2番目ですが、最後の皇帝カール1世の統治期間が2年に満たず短かったため、フランツ=ヨーゼフ1世が最後の皇帝と呼ばれることが多い)。しかし、ハプスブルク家はオーストリア帝国を治める家系であったため、なぜハンガリーの国王として戴冠式を行い、コインにも肖像が描かれているのか疑問に感じる方も多いでしょう。

実は、フランツ=ヨーゼフ1世が統治する頃までにハプスブルク家はさまざまな民族と地域に支配を広げた他民族国家でした。ハプスブルク家が治めた時代のオーストリア帝国と現在のオーストリア共和国とでは領土の大きさがまったく異なるので注意が必要です。オーストリア帝国はマジャール人のハンガリーだけでなく、チェコやポーランドなども支配下に置き、広大な領土を誇っていました。

そんな中、オーストリアとプロイセンとがドイツ連邦の主導権をめぐって対立しており、1866年に普墺戦争に突入します。オーストリアはプロイセンに敗れ、弱体化していることが表面化してきました。

その背景には、オーストリア帝国が支配する民族の独立運動がありました。オーストリアに不満を持つ民族が大勢いたということなので、領土の広さと国としての強さは比例しなかったのです。そこで1867年にはハンガリーの独立を形式的に認め、オーストリア帝国は「オーストリア=ハンガリー二重帝国」となりました。皇帝はフランツ=ヨーゼフ1世1人でしたが、オーストリアとハンガリーそれぞれに独立した政府がある、という状態です。なおこの対応はアウスグライヒ(妥協)と呼ばれており、オーストリア側からしたら仕方なくの対応と言えます。

よって、フランツ=ヨーゼフ1世は1867年にハンガリーの国王にもなったため、戴冠式がハンガリーで行われました。今回ご紹介するコインは、戴冠式から40周年を記念するコインであり、1907年に発行されました。

このような背景があり、ハンガリーでフランツ=ヨーゼフ1世の肖像が刻まれたコインが鋳造され、流通していました。

発行枚数について

同じくフランツ=ヨーゼフ1世のコインで人気がある「雲上の女神」と発行枚数を比較すると、雲上の女神は約1万6000枚、戴冠40周年記念コインは約1万1000枚と後者の方が少ないです。プルーフ状態では不明ですが、流通した枚数では戴冠40周年記念コインの方が数が少なく、希少価値が高いことが分かります。

コインのグレードにもよるので発行枚数の少なさと価格が必ずしも連動するとは限らないのですが、枚数を比較すると戴冠40周年記念コインも値上がりするポテンシャルを秘めていることが分かります。今のところ雲上の女神の方が知名度がずっと高く、高値で取引されているのですが、戴冠40周年記念コインも目を付ける人が増えれば高騰する可能性があります。手ごろな価格で購入できる今のうちに買っておくと良い、と考えることもできるでしょう。

まとめ

ハンガリーで使われていたフランツ=ヨーゼフ1世戴冠40周年記念の100コロナ金貨について解説してきました。オーストリア=ハンガリー二重帝国の成立後、フランツ=ヨーゼフ1世がハンガリー国王として戴冠してから40周年の記念コインであり、ヨーロッパの複雑な歴史を抱えているコインと言えるでしょう。

雲上の女神と同様に、これから値上がりが期待されるコインです。手ごろな価格で手に入るうちに、購入を検討いただければと思います。

みなさんにアンティークコインで幸あれ!