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コラム

2023.11.24

ハンガリー

成功への第一歩!アンティークコイン投資・国の知識を深めよう「ハンガリー編①」

みなさんごきげんよう、アンティークコイン投資家の葉山満です。

今回はハンガリーの歴史とコインについてお伝えしていきます。
ハンガリーと聞いても、観光名所や名物がすぐに思い浮かぶ人は少なく、日本人にとってはイメージが沸かない1つの国ではないでしょうか。
(画像:ハンガリー国旗)

ハンガリーは、著名な投資家であるジョージ・ソロスや、音楽家のフランツ・リストを輩出した国です。首都ブダペストはヨーロッパらしい景観がすばらしく、旅行した方の多くが「よく分からない国だったけど、行ったらすごく良かった」と話す方が多いです。(画像:首都ブダペスト)

この記事ではハンガリーの歴史を中心に、投資家に役立つ情報を紹介していきます。支配される側の歴史のため、明るい出来事ばかりではありませんが、それがブダペストの美しさの深みだと思います。

ハンガリー王国ができるまで

紀元前10世紀から5世紀頃まで、ハンガリーの地にはケルト人が住んでいました。その後、1世紀から4世紀までローマ帝国が来て、ローマ人の拠点の一つとなりました。ハンガリーの首都ブダペストでは、コロッセオなどローマ帝国の建築物の遺産を今も見ることができます。ハンガリーは温泉が湧くので、入浴好きなローマ人たちは邸宅にお風呂を作って楽しんでいたようです。(画像:100年以上の歴史があるセーチェニ温泉)

他の民族が移動してきたり、ローマ帝国が衰退したりしたため、ローマ人はこの地から撤退していきます。その後、ウラル山脈から移動してきたのがマジャール人でした。彼らは9世紀頃にハンガリーの地を征服し、1000年にハンガリー王国を設立します。これが現在のハンガリーの起源です。

ウラル山脈はアジアとヨーロッパの境目あたりになるため、ハンガリー人の由来をアジアとする場合もあります。その証拠の一つとして、ヨーロッパでは氏名を書く時「名前・名字」と書くのが一般的ですが、ハンガリーでは日本などアジアの多くの国と同様に「名字・名前」と書くことが挙げられます。ヨーロッパでこのような国は唯一なので、アジア人に近いだろう、とする説なのですが、姓名の順番は諸説あるため、そういう説もあるのだなと思っておきたいところです。(画像:英雄広場のマジャール人7部族長)

ハンガリーはマジャール人の国家なので、現地での国名は「マジャール」です。ハンガリーは英語読みなので、現地での呼び方ではありません。この記事ではハンガリーと呼んでいきますが、旅行などの際には気を付けたいところです。

13世紀に入ると、ハンガリーもロシアやブルガリアと同様に、タタール族(モンゴル)の侵略を受けます。侵略によって街が破壊されましたが、国王ベーラ4世はモンゴルが再度侵略してくることに備え、街の防備を強化しました。この功績のため、ベーラ4世は「ハンガリーに第二の建国者」と呼ばれています。

オスマン帝国による侵攻

トルコにオスマン帝国が建国してからは、ハンガリーはその脅威にさらされることになります。14世紀後半から何度もオスマン帝国がハンガリーに侵攻し、戦いが勃発しています。(画像:マーチャーシュ1世の像)

同じころ、ハンガリーは最盛期を迎えます。ドナウ川中流の大国として栄え、オーストリアを中心に権力をふるうハプスブルク家と、オスマン帝国に対抗しました。1485年、マーチャーシュ1世率いるハンガリーはウィーンを占領し、ハプスブルク家の皇帝フリードリヒ3世を追い出しました。
しかし、1490年にマーチャーシュ1世は死亡し、ポーランド王国のヤゲウォ朝を国王として迎えることになります。ヤゲウォ朝のラヨシュ2世は、ハンガリーとボヘミアの国王を兼任します。

1526年にはスレイマン1世が率いるオスマン帝国軍が侵入し、ラヨシュ2世が迎え撃ちました。これがモハーチの戦いです。しかしこのとき国王は戦死し、ハンガリーは敗北します。(画像:モハーチの戦い)

ラヨシュ2世には子どもがいなかったため、相続をめぐっても争いが起こります。まず、オーストリアを拠点とするハプスブルク家が、王位継承権を主張しました。なぜオーストリアのハプスブルク家が出てきたのかというと、ラヨシュ2世の妻がハプスブルク家の人だったからです。この妻の兄であるフェルディナントが、ハンガリー王兼ボヘミア王に名乗りを上げました。

これに反対した勢力がオスマン帝国に出兵を求めたため、何度も戦いが勃発します。1547年には休戦協定が結ばれましたが、ハンガリーは3つに分割されることになりました。北部・北西部は神聖ローマ帝国のハプスブルク家の領土、中南部はオスマン帝国の領土となり、東部は一定の自治を認められた東ハンガリー王国になりました。

次回はハプスブルク家による支配のハンガリーの歴史をお伝えしていきます。

みなさんにアンティークコインで幸あれ!